郵便配達はベルを鳴らさない

平均よりちょっとだけ多めに映画を観る人間の雑記

私の人生は私が決める 『スペンサー ダイアナの決意』感想

のっけから話が逸れるが、私はミュージカル『エリザベート』が好きである。
バイエルンの公女としてのびのびと育ったエリザベートは、時の皇帝フランツ・ヨーゼフに嫁ぎ、伝統と規則に縛られたハプスブルクに馴染めず、自由を求めて流浪の旅を繰り返す。そんな美貌と悲劇の皇后の生涯を描いた作品である。

大学の講義資料で『エリザベート』について読んでいると、こんな記述があった。
「日本やオーストリアで人気を博すこの作品が英米で上演されないのは、皇后エリザベートがダイアナ妃を彷彿とさせるから」
ダイアナ妃といえば小学生の頃に伝記漫画を読んだ気がする。英国王室に嫁いだけれど夫婦間の問題などもあり馴染めず、離婚した後はパパラッチに追いかけ回されて最後は事故で亡くなった……私のだいたいの認識はこの程度である。たしかになんとなくエリザベートと似ている。気がする。
と思っていたところ、ある日立ち寄った映画館での幕間タイムにダイアナ妃をモデルにした映画のCMが流れ始めた。

「私の人生は私が決める」

私の脳内に『エリザベート』の「私だけに」が流れ始めた。私が命委ねるそれは私だけに。やっぱりとてもエリザベートかもしれない。

というわけでそれから数ヶ月、滑り込みでこの映画を観に行くに至った。

youtu.be

※ネタバレあり

クリステン・スチュワートがとっても綺麗である。衣装もシャネルなどが協力しているそうで、フォーマルながら華やかなおしゃれなものである。そこは見ていてたのしい。

話としては、英国王室が3日間クリスマスを過ごした中でのダイアナ妃の心の揺れ動きを描いたものである。「事実をもとにした寓話」とのことだったので、あくまで事実をモチーフにしたフィクションといったところだろうか。
冒頭から何度もお手洗いに駆け込んでは戻すダイアナ妃。一方で夜に厨房に忍び込んで目についたものを口に入れる。相当追い詰められていたのがわかる。途中でワイヤーニッパーで自分の二の腕の皮膚を切る場面もあり、痛そう……と顔をしかめてしまった。
妄想や空想と現実の境が曖昧になっていく感覚もした。さながら彼女の脳内を追体験しているような気分になる。チャールズ皇太子から贈られた真珠のネックレス(カミラ夫人に贈られたのと同じもの)をつけて晩餐に出るも、苦しくなってそれを引きちぎり、転がり散らばる真珠の入ったスープを口に運び……という空想に取り憑かれて中座する場面が印象に残っている。なんとなく『ガス燈』*1を観たときの感覚と似ている。

ヘンリー八世の2番目の妃であるアン・ブーリンが度々登場した(ダイアナ妃の遠縁にあたることを初めて知った)。今作中でダイアナ妃は何者かによって置かれた(あとで屋敷を統括している使用人の仕業と判明する)アン・ブーリンの伝記を読み、自分の状況と重ね合わせる。「アン・ブーリンは自分の不貞を棚に上げた夫に不貞の罪を着せられて処刑された」と繰り返すし、カミラ夫人を「ジェーン・シーモア」と表現する場面もある(でもアン・ブーリンもキャサリン・オブ・アラゴンからしたら……と思わないこともない)。そしてダイアナ妃の首を彩る真珠のネックレスと、首を斬られたアン・ブーリン、なんだか意味ありげに思えてしまった。
生家を訪れ、自分の過去を思い出すダイアナ妃。限界を迎えた彼女が階段の一番上から身を投げようとするのを「逃げて」と引き止めたのもアン・ブーリンだった。ダイアナ妃は真珠のネックレスを引きちぎる。*2

冒頭と終盤に登場するアイテムに、ダイアナ妃の生家のかかしがある。冒頭、英国王室の別荘へ迷いつつ車を走らせていたダイアナ妃がかかしを見つけ、かかしの着ていた父の上着を脱がせて持っていく(そしてその上着は彼女が別荘を飛び出すだいそれた行動のとき着ていた)。
終盤では、かつてのダイアナ妃が身にまとっていた服がかかしに着せられ、その遠景を息子2人を乗せたダイアナ妃の車が走り去っていく(着せる描写などはないのであくまで彼女の心象風景、という形)。かかしは『過去』のメタファーなのかもしれない。離婚を決意したダイアナ妃にとって、もはや英国王室での生活は過去である。

全体的な感想として、たぶんヒロインが自力で脱出した世界線の『ガス燈』なのでは? と思う。最後、2人の息子を連れてロンドン市内のケンタッキーに寄り、「スペンサー」と名乗るダイアナ妃の晴れ晴れとした表情が印象的である。ここで終わってよかった。その先まで描かれたらポジティブには終われまい。
エリザベートとダイアナ妃は似ているかと思ったけれど、今回の映画を観たところでは似ているようで少々違うのではないかと感じた。「中流階級のおしゃれすぎないものが好き。『レ・ミゼラブル』や『オペラ座の怪人』、ファストフードが好き」(私もオペラ座の怪人レミゼ好き~~~~~!!!!)というダイアナ妃のセリフが最たるものである。エリザベートもシンデレラストーリーではあるが、生まれながらにして貴族か、自分で働いたことのある人が王室に足を踏み入れるかって結構差がある気がする。

というわけでおわり。Netflixの『ザ・クラウン』でダイアナ妃がオペラ座の怪人の曲を歌うシーンがあるそうなので観たいと思う。

*1:1944年のサスペンス映画。夫(実は宝石を狙う犯罪者)が妻を精神的に追い詰め、妻は現実と妄想の境がわからなくなっていく

*2:余談だが、『エリザベート』でも皇帝フランツ・ヨーゼフがエリザベートに首飾りを贈る場面がある。のちにフランツの浮気が判明した際にエリザベートがその首飾りを引きちぎる演出が存在するらしい。観たい。首飾り≒首輪というイメージはよく用いられるようだ