郵便配達はベルを鳴らさない

平均よりちょっとだけ多めに映画を観る人間の雑記

Netflix『ザ・クラウン』をS5まで完走した

Netflix『ザ・クラウン』は英国王室を題材にしたドラマである。
エリザベス女王の即位周辺から物語は始まり、現在シーズン5でダイアナ妃とチャールズ皇太子が離婚するくだりまで話が進んでいる。

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なんとなくで見始め、シーズン2まで観てしばらく離れていたが、先日『スペンサー』を観たのをきっかけにダイアナ妃の登場するシーズン4、5と視聴し、いや飛ばしてたわとシーズン3を観た。めちゃくちゃな順序である。

以下はネタバレありの感想。

作品全体への率直な感想

「よく今作れるな」というところに終始する。王室のスキャンダルや外交問題もそうだし、何よりダイアナ妃の話など思いっきり当事者が生きている(そして絶賛王位に就いている)状態でよく描写できるな、と思った。表現の自由が健全な証拠かも知れないが。
内容については面白く観ている。チャールズ皇太子とダイアナ妃のエピソードで心メッタメタなので、今はエリザベス女王とフィリップ殿下の若い頃の話を見直そうとS1から2周目を検討している。あのふたり、いろいろあったりもするが基本的に仲が良くて観ていて幸せになれる。

キャストについて

似ていてすごい。以前、博物館で若かりし頃のエリザベス女王肖像画を見たことがあるのだが、S1・2とエリザベス女王を演じたクレア・フォイがあまりに似ていて驚いた。ダイアナ妃もびっくりするくらい似ている。S1・2、3・4、5とでキャストが三段階変わるのだが、同じ人物を演じる俳優たちもきちんと雰囲気や面影が似ていて感心した。
ハリー・ポッターを通ってきた人間として、S3・4でマーガレット王女を演じたヘレナ・ボナム・カーターとS5でエリザベス女王を演じるイメルダ・スタウントンに触れないわけにはいくまい。ヘレナ・ボナム・カーターの方は他の映画でわりと見かけていたので「ベラトリックス役の人だ」と思ったが、イメルダ・スタウントンは「ドローレス・アンブリッジ!!?」と衝撃を受けた。たしかに顔はアンブリッジなのだが、やはりそこは俳優、視聴中にアンブリッジがちらつくことはほぼなかった(ハリポタはよく吹き替えで観ていたせいもあるかもしれない)。こうして思うと「ハリー・ポッターの俳優がたくさん」というより「ハリー・ポッターに出ていた俳優陣って本当に豪華だったんだな」ということに気付かされる。
それからマーガレット王女の恋の相手、タウンゼント大佐。S5で演じているのがティモシー・ダルトンだと後で知った。ジェームズ・ボンド俳優が演じるとかそら良すぎるし恋しちゃうわ(ダルトンのボンドは未見なので観ます)。と同時に、もし『ザ・クラウン』で2012年のロンドン五輪に触れることがあれば本人役でダニエル・クレイグ出ないか? と期待も芽生えた。どこまで描くんだろうねこの作品。


印象に残ったシーンなど

S3の第4話

王室のドキュメンタリー番組を放送する回。番組を視聴中、エリザベス王太后がアップで映り、マーガレット王女が「あらお母様、クローズアップよ」。王太后は「デミル監督、準備ができましたわ!」とユーモラスに応じる。
サンセット大通り』のラストシーンだ~~! と思って笑ってしまった。

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S4の第9話

チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚記念日、ダイアナ妃はプレゼントとしてミュージカル『オペラ座の怪人』の劇中曲「All I Ask of You」を歌ったビデオをプレゼントする。

劇中では怪人の狂気に怯えるヒロインを、彼女の幼なじみである子爵が勇気づけ、そしてふたりが愛を確かめ合うというロマンチックなデュエット曲である。

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参考までにオペラ座の怪人公式の映像を貼っておく。

一方、『ザ・クラウン』ではヒロイン・クリスティーヌに扮したダイアナ妃が一人で歌唱する。これを微笑みながら観ていたチャールズ皇太子だが、後日妹のアン王女に対して愚痴が止まらない。「ひどかった」やら「ぞっとした」やら、確かに突然一人AIAOYを出されたらぎょっとする気持ちはわかるが(私もオペラ座の怪人が大好きだとはいえ、当該シーンは困惑した)。
「僕も怪人みたいな仮面が欲しかったよ、表情を隠すために」
ファントムは妻への気まずい反応を隠すために好き好んで仮面をしているわけではないが~~~~?????

と厄介人間はさておき、Netflixがその歌唱シーンをフルで上げている動画を発見した。

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「No more talk of darkness...」と始まるのはヒロインの幼なじみ・ラウルのパートである。君の涙を乾かそう、君を自由にしてあげよう、僕がここに居るよと歌いかける。
歌唱途中で役者たちがダイアナ妃を見守っているのも映る。オペラ座のバレエ教師と演出主任役の二人が役の扮装のまま見ているのが、劇中でヒロインがオペラ座の舞台で鮮烈なデビューを果たすのを見守る姿に重なってぐっときてしまう。
「Say you'll love me every waking moment...」と始まってヒロインであるクリスティーヌのパートへ。起きている間じゅう、私を愛していると言って。今も、ずっと、私のことが必要だと言って。重なるように歌いかけるラウルパートは間奏になり、そのままクリスティーヌパートが続く。私がほしいのはただ自由だけ。そしてそばにはあなたがいて、私を抱きしめ、守ってくれる。
そのままラウルパートを飛ばしクリスティーヌパートのまま「Say you'll share with me one love, one lifetime...」と続く。私と一つの愛、人生を分かち合うと言って。そう言ってくれたなら、私はあなたについていく。
そして本来は二人の声が重なり合う部分。昼を、夜を分かち合おう。
クリスティーヌの「Say you'll love me」、そしてラウルのセリフである「You know I do」を彼女一人で言うのがなんとも切なくなってしまう。そして楽曲は終盤の盛り上がりへ。愛して、私の願いはただそれだけ、と結ばれる。

こうして見ると素敵な歌唱映像である。つらくなってしまった。そこの柱の陰から見守っているファントム、バッキンガム宮殿のシャンデリア落としてこないか?

個人的に、この「All I Ask of You」という曲の美しいところは「I love you」というフレーズが出てこないところである。「let me~」や「Say you'll~」といった言い回しが多く、I(私)が主語になることはほとんどない。だからこそ、この曲を歌い終わった後のラウルの「I love you」が大事であり、強く意思を持った言葉が鮮やかに浮き上がるのである(この言葉は『オペラ座の怪人』で重要なフレーズである)。
つまるところ、意志を持って愛を告げる相手が共に存在してこそのこの曲なのだ。その曲をダイアナ妃が一人で歌っていることがとても切なく思えた。彼女の涙を乾かし、彼女のそばにいて、抱きしめ、彼女と愛や生涯を分かち合うラウル子爵はいない。『オペラ座の怪人』の曲は総じて難曲だと言われているが、彼女が美しく歌いこなしていることが悲しいかな、より空虚に響いている感じがしてしまう。

ちなみにダイアナ妃が『オペラ座の怪人』の曲を歌い、その姿をビデオに収めたのは本当らしい。曲名は不明だとか。もしかしたら「Think of Me」とかも可能性ありそう。

思い出しながら書いていておもいっきり辛くなってしまった。今からS1を観てこようと思う。