郵便配達はベルを鳴らさない

平均よりちょっとだけ多めに映画を観る人間の雑記

60年代の光と闇『ラストナイト・イン・ソーホー』感想

あけましておめでとうございます。

今年の映画一発目は『ラストナイト・イン・ソーホー』だった。

Netflixで『クイーンズ・ギャンビット』を観て「主人公のエリザベスが素敵~!」と騒いでいたら、「その俳優(アニャ・テイラー=ジョイ)、私がこの前観た映画に出てたよ」と友人に教えてもらったのがこの作品だった。

 

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ファッションデザイナーを夢見るエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、ロンドンのデザイン学校に入学する。しかし同級生たちとの寮生活に馴染めず、ソーホー地区の片隅で一人暮らしを始めることに。新居のアパートで眠りに着くと、夢の中で60年代のソーホーにいた。そこで歌手を夢見る魅惑的なサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)に出会うと、身体も感覚も彼女とシンクロしていく。夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズは、タイムリープを繰り返していく。だがある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。その日を境に現実で謎の亡霊が現れ始め、徐々に精神を蝕まれるエロイーズ。そんな中、サンディを殺した殺人鬼が現代にも生きている可能性に気づき、エロイーズはたった一人で事件の真相を追いかけるのだが……。
果たして、殺人鬼は一体誰なのか?そして亡霊の目的とは-!?

映画『ラストナイト・イン・ソーホー』オフィシャルサイト

※以下、めちゃくちゃネタバレあり

 

「実はこう思わせていて本当はこうでした!」の、オセロで例えるならば盤上の変化があまりに鮮やかだったし、思い返せばかなり伏線は張られていて見事だった。

先に重要なネタバレを言ってしまうと、サンディは実は殺されていない。彼女はエロイーズのアパートの大家である。殺されたのはサンディの肉体ではなく、サンディの精神だった。歌手になりたいという夢を抱いた彼女を食い物にしようとする男たちがサンディの心を殺したのである。サンディは下心から自分の部屋にやってくる男たちを殺しては、その死体を部屋に隠していた。
「改装したくないの」「隣はフランス料理店だからにんにくの匂いが凄くて」「部屋は男子禁制よ」「あの男殺すところだったわ」といった大家の台詞を後から思い出して、あれはカムフラージュか! 男嫌いもそういうことか! と思った。

それから主人公の前に度々現れる謎の男。サンディをショービジネスの闇に引きずり込むジャックという男が年老いた姿では? と思わせておいて、実は風俗取締班の元警官だった。
私も途中までエロイーズと同じく「この人はたぶんジャックでは」と思っていた。しかし、60年代でサンディに会った際「君はこの世界に居るような子じゃない」、現代で「サンディはあんな世界に居るような子じゃなかった」と述べており、正体に気づいた。また現代での去り際に「サンディはアレクサンドラ(サンディの本名)に殺されたんだ」とも言っていたので、映画の結末を考えると、彼はサンディが夢を諦めたことまで知っていたんだなと思った。実はサンディと彼は付き合いが長かったのかもしれない。

 

主人公・エロイーズは60年代の音楽カルチャーが大好きである。そんな彼女が眠りに落ちると60年代ロンドンへタイムスリップしているのは、さながら『ミッドナイト・イン・パリ』みたいだなと思った。
個人的にも60年代の映画は結構好きなので、タイムスリップした主人公の眼中にまず飛び込んでくる『007 サンダーボール作戦』の広告は気分がブチ上がった。エロイーズの気分の高揚を共有できた気持ち。

1965年12月29日に公開だったらしい

この映画には結構007要素が多かった気がする。

サンディは、自分を売り込むためにやってきた店のバーでヴェスパーを注文する。このカクテルは、007原作者が考案したとされるカクテルで、ジェームズ・ボンドの恋人ヴェスパー・リンド*1にちなんでいる。ちなみにだが度数は恐ろしく強く、以前に私が行った店でバーテンダーさんが「ジェームズ・ボンドは強い酒をどんどん飲みますけど、あれは現実的な飲み方じゃないですね」と言っていた。サンディはほとんど口をつけずに店をあとにしてしまうが……。

それから、ボンドガールを演じた俳優も登場している。
エロイーズの下宿先のオーナー(実は年をとったサンディ)は『女王陛下の007』(1969)でボンドの恋人役・トレイシーを演じたダイアナ・リグ。トレイシーは作品の最後、ボンドと結婚するのだが、ハネムーンへ向かう途中で敵の襲撃を受けて死んでしまう。
また、これはボンドガールではないが、エロイーズのアルバイト先のオーナーは『007 ゴールドフィンガー』(1964)のオープニングの黄金の美女を演じ、作中にも登場したマーガレット・ノートン

作中で、サンディは自分を凌辱する男たちを殺す。そのサンディが年老いた姿を元ボンドガールが演じるのは意味ありげに思える。
今でこそ女性の社会進出とか男女平等をもてはやす風潮*2ではあるし、007シリーズでも女性陣の活躍は目覚ましい。しかし60年代、とりわけボンドガールなどといったら客体化された女性像の最たるものである。そんな役を経たダイアナ・リグがサンディを演じたのは、60年代の闇への意趣返しに見えた。

その他の雑多な感想としては、鏡写しでサンディとエロイーズが動く場面どうやって撮影しているんだろう!? と思った。動きのシンクロ具合がすごい。
あと序盤の方に出てくるサンディとジャックのダンスシーンが大好き。そのまま店を飛び出してあそこで映画が終わったらならばどれほど良かったでしょう(ハッピーエンドを求める米津玄師?) ジャックはああやってガチ恋な女の子を生産してうまいことポン引きをしていたのでしょう。恐ろしすぎるけどやり手だな。
あとマット・スミスの可能性に気づいてしまったかもしれないので、これから彼の出演作をのんびり観ていこうと思う。おわり。

 

*1:007 カジノ・ロワイヤル』に登場する。エヴァ・グリーン様のヴェスパーが美しくて大好き

*2:とはいえ作中でタクシー運転手の言動が下心丸出しだったように、現代においてもすべてがクリーンなわけではないが