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平均よりちょっとだけ多めに映画を観る人間の雑記

アンナ・メイ・ウォンが25セント硬貨に

女優のアンナ・メイ・ウォンがアメリカの25セント硬貨に採用されるらしい。

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「そもそもアンナ・メイ・ウォンって誰?」という向きがあろうと思われるので、今日は彼女について書こうと思う。

アンナ・メイ・ウォンは中国系初のハリウッドスターとされる女優である。
1905年に中国系三世としてアメリカのクリーニング屋の家庭に生まれた彼女は、映画好きな少女に育った。以降、エキストラとして出演経験を重ねたのち、1922年に16歳の若さで『恋の睡蓮』(Toll of the Sea)で主演となる。

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蝶々夫人』の中国アレンジ版のような話である

ちなみに一昨年にはGoogleが『恋の睡蓮』公開日ということで以下のような企画もされていた。
アンナ・メイ・ウォンを称えて

この後、彼女は当時大人気だったダグラス・フェアバンクス主演の『バグダッドの盗賊』に侍女役*1で出演するなど、着々とスターへの道を歩んでいく。

ただし彼女の演じる役はどれも似たような役であった。娼婦、どこか影のある怪しげな女、召使い。そうした中で彼女はアジア系のステレオタイプでオファーされる役と自分自身との間で葛藤を深めていった。

彼女は似たような役ばかり回ってくるハリウッドに嫌気が差してヨーロッパに渡った。彼女はドイツ語とフランス語を学び、マレーネ・ディートリッヒレニ・リーフェンシュタールといった映画界の人間とも交流を深め、幾多の映画で成功を収め、満を持してハリウッドに戻った。

彼女がハリウッド帰還後の1931年に出演した『龍の娘』(Daughter of the Dragon)という映画上映に際しての新聞記事の内容が以下の通りである。

アンナ・メイ・ウォンは3年間ハリウッドを不在にしていた。
その間、彼女はドイツ語とフランス語を学び、イギリス発音を習得した。
彼女はドイツで3本、イギリスで2本、フランスで1本の映画で成功を収め、ヨーロッパ大陸、ロンドン、そしてニューヨークの舞台で大評判である。
彼女はハリウッドへの帰還を喜んでいる。
中国娘としての彼女は姿を消した――そして多くの人がもはや彼女は東洋人にすら見えないという。

だがしかし、『龍の娘』での彼女の役どころは怪人フー・マンチュー(名前から分かる通り中国人悪役である)の娘で、亡き父に代わって白人一家への復讐を企てるいわゆるアジア系ステレオタイプの「悪女」であり、彼女は最終的に早川雪洲演じる中国人探偵と折り重なって死んでいく。

その後も似た役のオファーは続いた。
彼女を取り巻くキャスティングについて、一番有名なのはパール・バックの小説を原作にした『大地』という作品の話だと思う。Netflixドラマ『ハリウッド』でも取り上げられている。

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『大地』は20世紀前半の中国の農民たちが生き抜く姿を描いた作品である。
アンナ・メイ・ウォンは主人公の妻であり、寡黙かつ勤勉で忍耐強い阿藍の役を望んだ。しかし、彼女にその役は与えられることはなかった。代わりに主人公の愛人である娼婦の役が提示されたが、彼女はこう答えた。

スクリーンテストは喜んで受けるけれど、その役はやりません。阿藍(主人公の妻)を演じさせてもらえるなら、私はとても嬉しい。でもあなた方は、中国人の血を引く私に、アメリカ人ばかりのキャストが中国人を演じる映画で、唯一共感できない役を演じろというのですね。

彼女の望んだ役は、オーストリア人女優のルイーゼ・ライナーが演じ、アカデミー主演女優賞を獲得した。

彼女はその後、映画界での露出は減り、ラジオ番組等の出演が増えたという。思うような等身大のアジア人の役柄に出会えずに酒に溺れる日々もあった。

そんなある日、彼女に『フラワー・ドラムソング』という中国系アメリカ人家庭を舞台にしたミュージカル映画の母親役のオファーがやってきた。
やっと自分の望んでいたような役に出会えたアンナだったが、彼女はその役を演じることはなかった。彼女は肝硬変のため56歳で死去した。

彼女の亡くなった際、TIMEはこう報じている。

ロサンゼルス生まれでクリーニング屋に育った彼女は、「写真を撮られるたびに魂の一部を失う」という理由で反対した父親を押し切り映画スターになった。映画界屈指のオリエンタルな悪女を演じた彼女は、千回は死んだことになるだろう。
Milestones: Feb. 10, 1961 - TIME

彼女が頻繁に演じた「オリエンタルな悪女」は後に「ドラゴン・レディ」と呼称されるようになる。

私が彼女のことを知ったのは、先述の『龍の娘』を視聴したことがきっかけだった。
早川雪洲出てんじゃん!」と思って観始め、早川雪洲のややカタコト英語を聞く一方でえらく綺麗で英語の流暢な中華美人がいるな~と思ったらアンナだった。
その後、ハリウッドで活躍したアジア人/アジア系を調べていると雪洲に並んで取り上げられることが多く、彼女の作品も少しずつではあるが観るようになった。早川雪洲オリエンタリズムに比較的うまく(?)乗っかってスターダムに躍り出た(彼も彼でそうした偏見的な役柄に葛藤はあったようだが)一方、アンナはアメリカに育ちながら異分子として扱われた苦悩が特に深かったように思える。
最近脚光を浴びている感覚があって嬉しかったのだが、アジア系アメリカ人で初めて通貨になると知りとてもアメリカに行きたい。円安止まってくれ。

最後にアンナの出演作・関連作で気軽に見やすいものを並べておこうと思う。動画サイトに上がっているものは上映後の経過期間の観点からいずれも著作権には抵触しないはずである。

1. バグダッドの盗賊(The Theif of Bagdad)

youtu.be

サイレント映画。映像効果がすごいので「100年近く前にどうやって撮ったんだろう?」と視覚的に楽しいと思う。

2. 龍の娘(Daughter of the Dragon)

youtu.be

フー・マンチュー映画。トーキーだが字幕は残念ながら存在しない。早川雪洲演じる中国人探偵を手のひらで転がすアンナ・メイ・ウォンが良い。2人の共演をもっと見たかった。


3. 上海特急

Amazon.co.jp: 上海特急(字幕版)を観る | Prime Video

マレーネ・ディートリッヒとの共演作。Prime会員なら無料で観られるはず。監督がいかにディートリッヒを美しく撮ることに命をかけていたかが伝わってくる。

 

4. Netflix『ハリウッド』

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先程に引き続き。
「もしこうだったら」的なifドラマシリーズで、性的マイノリティに対する差別や人種差別にスポットを当てた作品。先述の『大地』のキャスティング問題も扱われている。なかなか濃い?場面も多いのでおすすめできる年齢は限りがあるが、ハリウッドの黄金時代を知っていると「あ! 知ってる!」となることも多く楽しめる。アンナが本当にこのドラマみたいな機会があったら……と思わずにはいられない。

と、いうわけでアンナ・メイ・ウォンのことを知る人も増えたらいいなと思った。以上。

*1:上山草人演じるモンゴル皇帝と内通するような役どころ