郵便配達はベルを鳴らさない

平均よりちょっとだけ多めに映画を観る人間の雑記

サイレントとトーキーの狭間 早川雪洲の英語は上手いのか

「日本人は英語が話せない」、実によく聞く話である。私も受験英語ならともかく、コミュニケーション手段としてはブロークンだ。な~~~にが世界共通語だよ

とはいえ、英語という問題は何も日本人にばかり降りかかるものではない。他の非英語圏の人間もまた然りである。母語の言語構造や発音との兼ね合いで、程度に差はあれど、英語を話すためには障害が付き物である。その一方で、英語が話せることの重要性は高い。とりわけ、ハリウッド俳優という職業の人間には。
映画というものは原始、目で楽しむものであった。現在でこそわざわざ音声のない映画を「サイレント映画」と呼ぶが、もともとはそれこそが「映画」だった。俳優たちは、その表情や仕草のみで演技をした。つまり、撮影時に何を話そうが、どんな物音を立てようが、それが映画という媒体に記録されることはない。

早川雪洲に関して言えば、こんなサイレント映画ならではの逸話がある。

淀川長治があるとき早川雪洲に会い、こう質問したという。
「『神々の怒り』で、あなたが家の裏で祈りを捧げながら叫ぶシーンがありましたね。あれは、なんと言っていたんですか」
『神々の怒り』(The Wrath of Gods, 1914)は、超ざっくり言うと、当時タブーとされていた異人種間の結婚が成就されようとしたため、神々が怒り、桜島が噴火するという筋書きの話である。雪洲が演じたのはヒロインの父で、劇中、娘とその想い人であるアメリカ人のために異教の神へ祈りを捧げるシーンがある。物語終盤のなかなか緊迫したシーンだ。
雪洲はそれに答えた。
「ああ、あれはね、撮影が長引いて昼になっていたものだから、腹が立って、『腹が減った、一体いつ飯を食わすのか』と叫んだら、スタッフは全員アメリカ人でね。当然日本語がわかるわけもなく、何か名台詞を吐いたとでも思ったらしい。すぐOKが出たよ」

この話を『神々の怒り』を観た後に知った私は、当然困惑した。あれ以来そのシーンを見ると「雪洲、お腹空いてても撮影頑張ったんだな……」という気持ちになる。食事、大事。
このエピソードが示すように、映画が無声であった当時、俳優がいかなる言語を話していても、たとえ腹が減ったと叫んでいても、必要な画さえ撮れれば問題はなかったのである。

しかし、1927年公開の映画『ジャズ・シンガー』によって、すべては覆された。

ワーナー製作のこの『ジャズ・シンガー』は世界初のトーキー映画であった。この登場以降、次々と映画はトーキーへと軸足を移した。映画史上最大の転換である。名作ミュージカル映画雨に唄えば』などに描かれるのも、まさしくこのサイレントからトーキーの大転換期を迎えたころの映画界だ。
そして『雨に唄えば』には、リナというサイレント映画スターが登場する。彼女は変わった声をしていて、今まで銀幕に登場してきた彼女の外見とどうにもイメージが合わない。新作トーキー映画のリナの声を新進気鋭の女優・キャシーが秘密裏に吹き替えることで切り抜けるが、物語最後でその事実が露見する。

youtu.be

キャシーは自らの才能が日の目を見、主人公であるドンとも結ばれてハッピーエンド! というのが映画の主筋だが、ここでフォーカスしたいのはリナである。
キャシーの吹き替えた声をさも自分の声であるかのように振る舞っていたリナだったが、真実がバレてしまってはどうしようもない。リナは外見に似つかわない悪声の持ち主として、今後トーキー映画に出ることは叶わないだろう。いくら彼女がサイレント映画のスターだったからといって、演技もできて声もいい人間は探せばそこらじゅうにいるのだ。わざわざ吹替の手間をかけて旧時代の遺物を起用する必要はない。リナが輝けたのは、音のない映画の世界の中だったからこそだ。

サイレントからトーキーの移行期に実に多くの俳優が消えていった。『雨に唄えば』のリナは、まさにそういった俳優たちを象徴したキャラクターといえるだろう。声と外見が合わない、訛りがひどい、サイレント映画の大仰な演技が染みついてトーキーには不適格、そういった理由で、サイレント期に栄華を誇ったスターたちは銀幕から姿を消した。映画が声を得ると同時に、多くのスターたちは存在価値を失ったのだ。

「英語が話せない」、これも十分に表舞台から去る理由となった。


さて、私がある日、早川雪洲関連書籍を読んでいるとき、こんな引用記事にぶち当たった。

『龍の娘』に出演している早川雪洲支那娘アンナ・メイ・ワンは共に芸に英語が伴わないとの話だ。あれ丈け長く米国に居て英語が駄目なら日本のスター連もアメリカ・トーキー進出なんて野心を起こさない方が良さそうだ*1

これを読んだとき、私は怒った。

アンナ・メイ・ウォンは英語話せるが!?
彼女はアメリカ生まれアメリカ育ちの中国系三世であり、記事で言及のある『龍の娘』(Daughter of the Dragon,1931)でも流暢な英語を披露している。なんなら彼女はドイツ語とフランス語もマスターしているくらいの努力家だし、むしろ中国語が話せないくらいだが……。
さて、一方で早川雪洲は? といわれると、記事に対して「せやな」としか言えない。『龍の娘』で彼が話す英語は、英語弱者の私にはとても聞き取りやすいものである。つまり、かなりの日本語アクセントと表現して差し支えないと思う。
もちろん、私が欧州を旅行した際に使った壊滅的かつ災害的な英語発音より確実に綺麗である。でも「あ、日本人だな~」とほほえましくなるような感じだ。
百聞は一見に如かず、というわけで気になる方は以下からどうぞ。

youtu.be

しかし、雪洲の英語が良くない評価を残されている一方で、私の手元にある野上英之著『聖林の王 早川雪洲』には、雪洲の英語の発音を賞賛するイギリス人評論家の存在が語られている。どっちだよ。
俳優にとって、綺麗な発音の英語というのはトーキー映画でも生き抜くための命綱である。これは雪洲の映画人生を追ううえでかなり重要なことではないか。なにしろ彼は当初、サイレント映画のスターとして銀幕に現れたわけだし。

雪洲の英語はいかほどのものだったのだろうか。その謎を解明すべく、調査班(わたしひとり)はネットの奥地へと向かった。

1.渡英時の新聞記事

さて、彼の英語に関して言及のある文献はいくつか見つかった。年代順に考えると、まずこれが最初のものだろう。彼が渡英した際の『日本のフェアバンクス』と題した新聞記事の一部抜粋である。

私は早川雪洲の到着後すぐに彼と会った。彼は映画界で『日本のダグラス・フェアバンクス』とでも呼べるであろう人間だ。彼は隙なく着飾った小粋な男で、撫でつけられた黒々とした髪、生き生きとした鋭い瞳をしており、それなりに上手い英語(quite good English)を話す*2

彼の英語は、注をつけたように「quite good English」と表現されていた。これを最初に読んだときに私はquiteを「かなり」という意味で捉えていて、「記者、雪洲の英語を超褒めてませんか?」と思った。
しかし、調べると、quiteの用法はアメリカとイギリスで異なるようだ。アメリカ英語ならば私の解釈(つまりveryと同義)が正しいが、イギリスの場合は「思ったよりも程度が甚だしい」という意味で使われるようだ。
つまりこの記事では「早川雪洲は(記事の筆者が予想していたよりも)英語を話すのが上手だった」というわけだ。東洋人にしては上手い、ということだろうか。一応文章は「それなりに上手い」と訳した。

英文法複雑怪奇と思ったが、同年のDundee Courier紙に「早川雪洲が語る『早川』の正しい発音」という内容の記事が載っていたので、言語を超える際の壁はどこにもあるようだ*3

2.『最後に笑う男』評

つづいては雪洲の初のトーキー映画『最後に笑う男』のレビューの抜粋である。『早川雪洲、「トーキー」の短編で再登場』とのタイトルだ。

早川雪洲の立ち居振る舞いは非常に素晴らしく、発話が彼の演技に寄与するところは何もなかった。彼のセリフは訛りのある発音で明瞭に話されたが、多くの沈黙の画面で活力に満ちていた彼の表情よりも、はるかに表現力を欠いていた*4

私はこの作品を観たことがないので、この筆者の意見と自分の意見を比べることができない。『最後に笑う男』の次作が先述の『龍の娘』なのだが、それで観た雪洲のセリフの演技を考えると「むしろ表情より声色の方が感情豊かだったのでは?」というふうには思う。
彼の英語については「訛りがある」と書かれている。しかしハリウッドを離れている間に舞台俳優としての経験を積んだ甲斐あってか、「明瞭である」ともある。サイレント映画のみに出続け、公衆の面前で「役」として話すという経験をしたことのない俳優もいた中で、その明瞭さは大いにアドバンテージだったのではないだろうか。

3.『龍の娘』評

そして『龍の娘』に関するレビューである。『80分世界一周』と題したイギリスの新聞記事の一部抜粋を載せよう。

『龍の娘』で特筆すべきは、かつてサイレント映画の時代に人気を博した早川雪洲の復帰作ということである。往年の日本人スターである彼は、探偵として素晴らしい演技を見せている。彼の訛りもなかなか魅力的(rather attractive)*5

ここで私はまたしてもイギリス英語の壁にぶち当たった。「rather attractive」のratherの用法である。
ratherはアメリカ英語で主に「むしろ」と使う一方で、イギリス英語では「かなり、ずいぶん、少々」のような程度を表すために使うそうだ。好ましくないことを表現するときにはそれを和らげる意味で、好ましいことは「思ったより」という意味になるとのこと。

4.『ミチコ・タナカ 男たちへの讃歌』

いっとき早川雪洲との仲が噂された日本人オペラ歌手・田中路子の伝記に、彼女による雪洲の語学評がある。

あなたはフランス語は話せないし、英語はアメリカ生活が長いからいちおう話せるけど、主演者としてむずかしいセリフをこなすには力不足だと思います。映画はすべてトーキーになったのですもの、国際的な映画俳優にとって語学力はきめてですよ*6(p98)

かなり的確な分析ではないかと個人的には思う。フランス語はさておき、英語についてはこれまでの文献の中でいちばん腑に落ちる。
彼は『戦場にかける橋』では後半ほぼセリフらしいセリフはないし、『東京暗黒街・竹の家』ではセリフがすっかり吹き替えられている。配慮のようなものが垣間見えなくもない(『三人帰る』では主人公とかなり会話をしているけれど)。

以上が今のところ私の見つけた雪洲の英語に関する文献である。
残念ながら野上英之氏の書いている「雪洲の英語の発音は素晴らしい」というイギリスの評論には出会えなかったが、私のリサーチ不足は大いにあると思うので、今後も探し続けたいと思う。

 

さて、私は冒頭で「綺麗な英語はトーキー映画で活躍するには不可欠」と述べた。しかし、雪洲の英語は訛りがあるにも関わらず、彼はトーキー映画にも出演し続け、さらにはアカデミー賞ノミネートまで至っている。それはなぜか。

ひとつは、やはり舞台での経験である。雪洲は日本人で初めてブロードウェイの舞台に立ち、さらには英国王室の招聘で演劇を披露している。ついでに言うと帝国劇場で主演を張ったこともある。もうこれは立派な舞台俳優だ。ここで「セリフを伝える」という技量は大いに培われたのではないかと思う。

そしてもうひとつは、彼が日本人であること。早川雪洲という俳優が、黄禍論に則ったステレオタイプ的キャスティングでスターダムを駆け上がったというのは再三書いた。彼に要求されていたのは「日本人らしさ」もしくは「アジアらしさ」の体現である。
昔も今も、英語の映画に非英語圏のキャラクターが登場すると、その言語特有の訛りで話すことが多い。『バルジ大作戦』のヘスラー大佐もイギリス人俳優がドイツ語訛りで演じているし、『オペラ座の怪人』のカルロッタ・ジュディチェルリとかもそうである*7
つまり、それと似たようなもので、主にアジア人の役を演じる雪洲の英語にある程度の日本語訛りがあっても「日本人らしさ」として受け止められたのではないかと思う。彼の英語は意思疎通には問題ないようだし、セリフがわかれば許容されたのでは。

逆に、英語圏の出身なのに、出身地による訛りがある俳優とかは大変そうである。口にビー玉を詰め込むまではいかずとも、あの手この手で強制するんだろうか。スペインの雨は主に平野に降る、ってね!

*1:読売新聞1931年9月1日11ページ

*2:1923年11月12日 Aberdeen Journal

*3:ちなみに彼の名前の発音を英語風に表記するとHi-a-Kow-ahらしい。「我々の多くにとっては障害となる」とも書かれていたので、Hayakawaをそのまま早川と日本語らしく発音するのはイギリス人には難しいようだ。

*4:The Manchester Guardian, 1930年5月15日

*5:Dundee Courier 1932年5月31日

*6:角田房子『ミチコ・タナカ 男たちへの讃歌』新潮社、1982年

*7:普段観る映画が1910~60年代なせいで2000年以降の映画は全部最近だと思っている節があるんですが、世間一般的にはどうなんでしょう